米国大学院の学生の扱いは不平等? その1

以下、インターネットで見つけた文章である:

私が書く米欧の大学院向けの推薦状について


林 文夫
2004年9月14日

(revised September 21, 2004; October 22, 2004)

毎年秋になると,米欧の大学院留学志望の学生や社会人から,推薦状を依頼されます。John Nashの指導教官は,「この学生は天才である」という推薦状を書いたそうですが,そこまで極端でなくとも,「今まで指導した学生の中で一番」という推薦状を私に書かせるのが神から与えられた権利だと,多数の学生が信じているようですが,大きな誤解です。私はNorthwestern大学,Pennsylvania大学,Columbia大学で,大学院入学委員会(Graduate Admission Committee)の委員や委員長を勤めたことがあるので断言できますが,私の強い推薦状により入学した学生がカスだとわかれば,私の推薦状はそれ以降一切信用されません。そういうことになれば,私の推薦状によって正当な評価を受け,本人にふさわしい大学院に留学しようとする将来の学生に重大な不利益が生じます。以下では,もしあなたの推薦状を私が書くことになった場合の私の方針を述べます。


私は嘘・誇張は一切書きません。私の推薦状は,3つか4つのパラグラフによって構成されます。第一パラグラフでは,あなたと私の形式上の関係について述べます。私のどのコースを履修したのか,私のRA(研究助手)をやっていたのか,修士論文の指導を受けていたのか,何年何ヶ月の間交渉があったのか,などについて,客観的なデータをここで挙げます。たとえば,学部学生時代に私のコースを1ヶ月聴講した以外に私と接点がなければ,その通りのことをここで書きます。

第二パラグラフでは,第一パラグラフで述べた関係において,あなたがどの程度のパーフォーマンスを挙げたのかについて客観的に記述します。たとえば,私が担当する修士1年向けのマクロ経済学(graduate core macro)のコースをあなたが履修し,36人中14位で「優」の成績をおさめたのであれば,まさにその通りのこと(36人中14位であったことを含める)を書きます。授業中やオフィスアワー中に質問や授業の内容についてのコメントを頻繁にしたのであれば,その旨記します。そのようなことを全くしたことがなければ,やはりその旨(「授業では質問をせず,オフィスアワーにも姿を見せず,成績以外情報がない」と)述べます。あなたが私のコースのTA(教育助手)を勤めたのなら,TAとしてのあなたの学生による評価(1から5まで,学生へのアンケートにより調査)の平均点も報告します。修士論文を私の指導のもとで書いたのであれば,

  • 自分でテーマを見つけることができたか
  • テーマに関連する分野のどの論文を読んだか
  • モデルを分析するための数学の素養はあるか
  • 締め切りまでにpolishした論文を書くことができたか
  • 論文の内容をわかりやすく英語で説明できるか
などについて報告します。なお,もしあなたが東大大学院経済学修士課程の学生であれば,東大の修士課程で上位10番以内の学生は一定の国際競争力があること(すなわち,留学先の大学院で1年目で落第あるいはドロップアウトした例は過去数年間ではおそらくないこと)を,このパラグラフの最初の文で強調しておきます。

第三パラグラフは,あなたのpersonalityについてです。約束の時間を守ったか,やれといったことを忠実に行ったか,行わなかった場合は正当と思われる理由があったか,学者になる熱意が感じられるか,などについて二,三行です。あなたの性格や感じがよいかどうかは問題にしません。ただ,あなたがresponsibleあるいはconscientiousだと私が判断すれば,そう書きます。

さて第四パラグラフについて。米欧,とくにアメリカの大学院では,クラス(同じ学年の大学院生の集合)で上位2分の1あるいは3分の1に入らない学生は,徹底的に差別されます。まず,生活費の補助はおろか,授業料も免除されない。指導教官に誰もなりたがらないし,いやいや指導教官になった教授は,ほとんど時間を使ってくれません(メールを送っても返事はくれない,やっと面会のアポイントメントを取っても待たされるかドタキャン)。あなたが払う3万ドルの授業料は,クラス上位3人の奨学金に化けます。あなたが何とか独力で論文を書いてjob marketに出ても,指導教官はあなたが何をやっているか知りませんから情報量がゼロの推薦状しか書かないし,placement officer(その大学院からjob marketに出る学生全体の就職の世話を担当する教授)は,あなたを「イチおし」どころか「おすすめ」のグループにも入れてくれません。(このような悲劇が起こる理由は,大学院の名声は,後にsuperstarとなるような人材を何人卒業させたかだけに依存するからです。) Harvardからbottom halfと烙印を押されて job marketに出るよりも,Michiganから「おすすめ」で出る方がはるかに有利です(Michiganで「イチおし」の学生がHarvardでassistant professorになった例は複数あります)。そういう事情があるので,もしあなたに,「大学院に応募するので推薦状を書いてくれ」と頼まれれば,私は上記の方針に沿って書きますが,応募する大学院であなたが上位3分の1に入らないと私が推定した場合は,第四パラグラフは書きません。上位3分の1に入ると見込まれる場合に限り,第四パラグラフで,「もし私があなたの大学院のadmission officerだったらこの学生を入学させる」と書きます。さらに,上位3位までの人材だと私が判断すれば,financial aidつきの入学を推薦します。

ではどのようにして,私はあなたを世界のトップ10の大学院で3分の1に入る人材かどうか判断するのでしょうか。TOEFLで250点以上,GRE Quantで上位5%,かつ次にあげる条件のうち2つか3つ以上を満たすことが必要十分条件です。

  • 私の教えたすべてのコースで上位20%の成績を収めた。
  • 私の教えた少なくとも一つのコースの期末試験か中間試験で,特に難しい問題を完全に解くことができた。
  • 私か他の教官の指導のもとで書いた修士論文が,もしJapanese Economic ReviewかJournal of the Japanese and International Economiesかそれ以上のランクの学術雑誌(たとえばJournal of Money, Credit, and Banking)に投稿すればacceptされそうなほどその品質が高い。
  • 私の授業中あるいはオフィスアワー中にしたあなたの質問が,私に答えられないほど問題の核心を突いていた。あるいは,私の授業の内容に重大な誤りがあることを指摘した。
  • 自分の修士論文を明快に英語でプレゼンした。
  • 一流の学者が書いた論文の内容を明快にプレゼンし,その論文の重大な欠陥を指摘した。
最後に補足を数点。
  1. 推薦状の依頼,応募する大学院の選択についての相談その他,推薦状に関する一切の連絡は電子メールでのみ受け付けます。
  2. 1人あたり8校までしか推薦状は書きません。
  3. 推薦状はあなたが応募する大学院に私から別送します。そのような形では推薦状を受け付けない大学院には,推薦状を書きません。
  4. 入学した大学院で,あなたが私の推薦状を閲覧する権利がありますが,応募書類で,そのような権利を放棄する旨のサインをあなたがしなければ推薦状は書きません。
  5. 推薦状を書いてもらったことへのお礼,また出発の前の挨拶は必要ありません。留学先からの私への挨拶・クリスマスカードなども必要ありません。あなたが留学するときの私の気持ちは,「ニュー・シネマ・パラダイス」で,トトがシチリア島を離れローマに発つときの映画技師アルフレードのそれと同じ。あなたの名前をEconometricaの表紙で見つけることを,私の余生の楽しみとします。